デジタルの世界に没頭することが日常的な現代において、現実とバーチャルな世界の境界線はもはや区別がつきにくくある。今回のインタビューでは、この境界線の在り方を超えようとしている先駆者の一人にインタビューをすることができた。インタビュー相手は、AFUN InteractiveのDK Kwon氏。AFUN Interactiveは、リアルタイム3Dレンダリングを中心としたCG制作会社からバーチャルアーティストのマネージメント企業へと発展したベンチャーであり、その代表例としては、韓国の著名なバーチャルアーティスト、APOKIがある。
APOKIは2023年初頭、5thシングル「Mood V5」をリリースし、ソニー・ホンダモビリティの「AFEELA Prototype」をそのミュージックビデオでフィーチャーした。Kwon氏は、CES23の発表でAFEELAを見つけ、「モビリティの革新を追及する」というメッセージに共感したとのこと。その特徴的なデザインの中でも特に、Media Bar*の存在に興味を持ち、アプローチしたという。
*Media Bar:AFEELA Prototypeの車両前後に位置するディスプレイ。知性をもったモビリティが自らの意思を外にいる人に表現することを可能に。乗車前からインタラクティブな関係が始まる、新時代のインターフェース。
https://www.shm-afeela.com/ja/prototype/
APOKIは“宇宙に住むうさぎに似た存在”のバーチャルアーティスト。オンラインを通じて私たち地球人と交流し、企業とのコラボレーション、パフォーマンス、ソーシャルメディアへの投稿を行い、世界に約500万人のSNSフォロワーを持つ。
「若い世代はバーチャルキャラクターを人間のように扱う。」
APOKIをはじめとする3Dバーチャルアーティストの目覚ましい人気は、最先端のリアルタイムレンダリング技術によるところが大きい。以前は、時間のかかる3Dレンダリングがバーチャルキャラクターとの障壁となっていた。しかし、最近の技術の進歩により、バーチャルキャラクターとオーディエンスとのインタラクションにタイムラグがなくなってきたことで、より没入感のある魅力的な体験を提供できるようになっている。
Kwon氏がAFEELAに興味をもったきっかけとなったMedia Barもまた、タイムラグのないインタラクティブなコミュニケーションを実現するインターフェースであり、Kwon氏の関心が一貫していることがうかがえる。Media Barのコミュニケーションは、より一層人とモビリティの関係性を親密なものにすることができるはずだ。
「当初は動物のキャラクターが欲しかったのですが… キャラクターの見た目は関係ないのかもしれません。」
DK Kwon氏は、お気に入りのキャラクターは『トイ・ストーリー4』*のフォーキーだと語る。これらのキャラクターを魅力的にしているのは視覚的な魅力だけではないことを強調した。むしろ、そのキャラクターの際立った個性と観客を魅了する能力、つまり、その世界や他のキャラクターとの間で繰り広げられるダイナミクスや相互作用が、そのキャラクターを際立たせているのではないかという。
*トイ・ストーリーは、ディズニー エンタープライゼズ インクの米国及びその他の国における登録商標又は商標です。
「そう、エンターテインメントについて考えるなら……何でもエンターテインメントになり得るんだ」
リアルタイムレンダリングはまだ初期段階にあるものの、3Dコンテンツとの関わり方に革命をもたらす可能性を秘めている。リアルタイムレンダリングの利点には、市販レベルのスペックのハードウェアで写実的なグラフィックスを実現できることや、実世界の作業で共同作業を行えるようなリアリティのある体験が得られること、効率化が図れることなどがある。一方で、車室内のコンテンツの表現はまだまだ未開拓の領域であり、リアルタイムレンダリングによって拡張できるこれらの領域の可能性は非常に興味深い。
「私たちはテクノロジーと人間性のバランスを見つけようとしている……新しいテクノロジーは1年後には何の意味もなさない。だから人間性の方を重視しています。……ただし、オーディエンスが何を求め、何をすれば歓声が湧き上がるのか予測することは今でも難しい。だから予想しようとしないことが大事ではなでしょうか。」
テクノロジーのスペシャリストであるDK Kwon氏もまだ、エンターテイメントの領域においては模索中であり、答えは見えていないが、それでも探求していくのを楽しんでいるようだ。APOKIはライブストリーミング中、オーディエンスの反応に素直に従って、リアルタイムで直感的に対話を楽しんでいる。あらかじめ予測して用意しておいたものでは、逆にオーディエンスは冷めてしまうだろう。オーディエンスと一緒に、自分たちが好きな作品や好きなモノを共有する。そういった、オーガニックな立ち振舞いが、APOKIの人気の秘密なのだろう。その裏を支えているのが、バーチャルとリアルの境目を融かしていく、リアルタイム3Dレンダリング技術なのである。それに加え単なる技術先行ではなく人間らしい接し方が、AFUN Interactiveの生み出すエンターテイメントの魅力である。彼らは、仮想現実や拡張現実、さらにはゲームを通じて、没入感のある魅力的なSFの世界を現実のものにできるかもしれない。彼らのその技術、その世界観にとっては、AFEELAが考えるモビリティの未来もまたそう遠くない現実的ものとして描くことに違和感はなかったのだろう。
「バーチャルキャラクターは実は歳をとっている。でも、あるときから歳を取るのをやめるかもしれない。」
生身のアーティストにいかに近づけられるか、がある意味バーチャルアーティストの命題のようにも思えるが、一方で、人間らしさがないことにも魅力はある、”歳を取らない”ことは、確かに永遠の人間の憧れでもある。”問題を起こさない”ことや、“現実逃避できる”といった魅力ももっているだろう。DK Kwon氏は、時代を超えて愛されるバーチャルな2Dグラフィックのキャラクターたちの例を上げて、それらは歳を取らない、と説明していた。これまでいずれもリアルタイム3Dレンダリングでは作られてこなかった人気キャラクターたちは存在するが、今この時代に新しく生まれてきた”リアルタイム”で動く人気キャラクターは、10年後、20年後の時間において、どのような動きをして、どのような人気を得ているのか楽しみだ。
AFEELA Prototypeが今より更にリアルタイムなインタラクティブ性をもち、ヒューマニティを纏う存在へと進化していくヒントが、人気バーチャルキャラクターを生み出すAFUN Interactiveのアプローチに隠されていたようだ。
「私たちはすでにバーチャルの世界に生きている。」
メッセージ、eメール、スマートフォンなど、私たちは皆、生活の一部をバーチャルに生きているとも言える。2022 Global Overview Reportによると、アメリカの平均的な人は1日に7時間以上オンラインで過ごしている。もちろん、この時間にはインターネットでのリサーチ、共同作業、娯楽なども含まれるが、私たちはこれまで以上に多くの時間をオンラインで過ごしている。今や、ソーシャルメディアからマッチングアプリまで、対面よりもオンラインで人と交流していることが多いかもしれない彼らが普段からオンラインで経験していることが、AFEELA Prototypeの移動空間の中でシームレスに持ち込まれることも自然なことだろう。
社会的なニーズを満たし、ゲームをし、映画やテレビを観て、スクリーンを通して買い物をし、新しい体験で世界を生きている。ソーシャルメディア上では、個人のプロフィールを通じて、またゲームではアバターを通じて自分自身のバーチャルな世界を作り出し、私たちの生活や人間関係、そして社会に影響を与えている。
「私たちはただ、良い波動を発しようとしているだけです」
DK Kwonは、未知への探求の旅を常に楽しんでいる。それはテクノロジーから始まり、今はエンターテインメントに焦点を当てている。彼の言葉を借りれば、”エンターテインメントを予測するのは難しい”そうだが、AFUN Interactiveは間違いなくAFEELAに良いインスピレーションをもたらしてくれるだろう。
-編集後記-
インタビューを通して終始、DK Kwon氏の柔らかい人柄が印象的であった。テクノロジー企業の代表でありながら、「エンターテイメントはまだ模索中。」「予測しようとせず、オーディエンスと素直に対話することを大切にしている。」と答えるその姿勢自体が、テクノロジーと人間性のバランスを追求するAFUN Interactiveらしさであり、AFEELAにも通じる部分がある。”バーチャルアーティスト”というエンターテイメントのオーディエンスが求める、APOKIのキャラクターの魅力のようだ。その、”予測できないことを受け入れ、楽しむ”というスタンスは、現実世界におけるたくさんの問題に向き合わなければならない社会を切り抜け、未知の可能性が広がるバーチャル世界へと足を踏み入れる人々が、求めているものなのもしれない。
AFUN Interactiveが強みとする3DCGのリアルタイムレンダリングは、移動時間を最高のエンターテインメントに拡張する良質なコンテンツになるだろう。
エンターテイメントとしてはすでに人気となっている、APOKIのようなバーチャルアーティストと対話や歌を楽しむ体験が、車室内でもそう遠くない未来に訪れることが想像できる。
彼らのようなエンジニアやクリエイターが未来を描ける空間を今まで以上に拡げ、彼らとユーザーの接点を生み出すことが、AFEELAのコンセプトの一つである”Affinity” (人との協調、社会との共生)の体現であり、多様な知を集結させるプラットフォームを目指していけるだろう。
リアルタイムレンダリングの技術が進化したからこそ、計画して、クラフトして、時間をかけてリリースするコンテンツとは、発信する側も、オーディエンス側も、スタンスが異なってくる。社会全体でAI技術も進み、過去の経験から複製される予定調和的コンテンツではない、ファンとのインタラクションとの間に生まれる、予期せぬライブ感のあるモーメントを、今後も注視して見届けていきたい。
Kwon氏は、リアルとバーチャルに境目はないと答えていた。数年後のAFEELAの車中では、自然にバーチャルアーティストと同乗していて、対話をしながら、さらには同じファンコミュニティのメンバーとも同乗しながら、予定調和ではないドライブ先に向かって楽しんでいるかもしれない。