ソニー・ホンダモビリティの代表取締役 社長兼 COOである川西泉は、ソニーで「PlayStation」などの開発に携わったのち、「AIロボティクス」「モビリティ」という観点から、EVの開発に携わることになった。
川西が目指すのは「Software Defined Vehicle(SDV)」。ソフトの力で変わるクルマとは、どのようなものになるのだろうか? その発想に迫ってみた。
インタビューは、川西と取材を通じて20年来の関係を持つ、ITジャーナリストの西田宗千佳が担当した。
- そもそも、「ソフトウェアで制御されるモビリティ」って、どういうことなのでしょうか?
一つの考え方として、AIが自律制御しているということです。「aibo」なら「自律歩行」だし、ドローンの「Airpeak」なら「自律飛行」。EVなら「自動運転」というふうに、共通しているんですね。
一方で、我々ソニーが「クルマを作ってみよう」と考えた時に、得意とするところが活かせそうだと考えたんです。 - というのは?
今の自動車にはたくさんのメカスイッチが並んでいますよね。でももう、自動車も多くの部分がソフトウェア制御なんですよ。だとすれば本来は、いろいろなやり方に変わっていい。ユーザーインターフェース(UI)・ユーザーエクスペリエンス(UX)にはまだ進化の余地が多分にあります。我々ならUI・UXの観点で、使うお客様を想定した提案ができると考えました。
「VISION-S」のプロジェクトをスタートしたのは2018年のことです。その頃には、EVを開発しているスタートアップ企業をめぐり、彼らがなにをしようとしているのか、見て回りました。
そうすると、みんな我々と同じような発想をしているんですよね。みんな、ITのエンジニアだから。
だとすれば、自分たちの経験や知見を活かしたEVが作れるのではなかろうか、と。
- では、AFEELAを開発する中では、どんなことを考えているのですか?
未来のクルマってどんなものだろう……と想像している時間が長かったですね。要は、SF映画に出てくるような、現実には存在しないような車を想像していました。
現在はハンドルが必要ですが、ハンドルのない車があったとしたらどうだろう? とか。
自律的に走る車であるなら、運転している車ではなく「運転しない車」になるはずです。その時はどんな自動車が求められるのか。今は実現できなかったとしても、それが可能になった時を想像して考え、積み上げていった延長線上になにかがあるはずです。 - CES2024のソニー プレスカンファレンスでは、AFEELAをPlayStation®5のコントローラーである「DualSense®ワイヤレスコントローラー」で操作し、壇上に呼び出すデモが行われましたね。
そんなに特別なことをしたつもりはないんですよ。VISION-Sの頃には、日本に置いたレーシングコントローラーを操作して、5Gネットワークを経由してドイツにあるVISION-Sをリモートで動かす、という実験をしているので、技術的には特に新しいことはしていません。
でも「ソフトで制御するならこういうこともできる」ということを知ってもらうにはいいのかな、と。ドライバーが乗っておらず、無人で出てくる方がインパクトはあるじゃないですか。
- たしかにそうです。では、ソフトで定義されるクルマ、すなわちSoftware Defined Vehicle(SDV)における自動車の操作とは、どのようなものになるとお考えですか?
自動車の主要なUIに「ハンドルとアクセルとブレーキ」があります。その部分のソフトウェアの比重を高めることで、もっと色々な制御が可能になると思っています。
CESでのデモは、法規上の問題がありますので、今は実車に搭載することはできません。しかし極論すれば、コントローラーで操作できるということは、ゲームしか体験したことがない人でも自動車が運転できるようになるかもしれない……ともいえます。もちろん、車幅感覚などを理解する必要はありますし、安全は最優先です。
ただそうやって操作感覚が変わってしまえば、体験も同時に変わってしまう。それが「ソフトウェアで定義される」ことの強みです。未来のクルマを想像した時に、「思うままに操作する自動車」「操る喜び」と違う楽しみもあってもいいんじゃないか、と考えています。 - CESのソニー・ホンダモビリティブースでは、プロトタイプの展示だけでなく、AFEELAのシートとハンドル、ペダルなどを使ったシミュレータも展示していましたね。あそこでは、Epic Games社のゲームエンジンである「Unreal Engine 5®」を使い、実際に道路を走った時の風景と、AFEELA内のディスプレイ表示を再現していました。ああしたものを展示した理由を教えてください。
CESのテーマとして、「人とモビリティの関係性を再定義する」というテーマを掲げました。それは次にくるであろう、リアルとバーチャルの融合に関わってきます。
あのデモは、仮想空間の中で現実を再現し、実際にドライブしてみせた上で、さらにAFEELAの中には別の世界も見せられる……という形が実現できることを示したかったんです。
ああしたことができるのであれば、移動することや、移動した先でなにが起きるのか、ということも楽しめるはず。すなわち、移動という行為自体を「新しいエンタテインメント」に変えていくことができると思うのです。
クリエイティブ・エンターテインメントの土壌としてのモビリティ、という可能性です。 - そのためには、広範な人々のアイデアや協力が必要になってきますね。
もちろんそうです。こうした試みのためにはエコシステム作りが必要です。自分たちだけでできるものではなく、いろんな人たちと協業して生み出していければと考えています。
これはPlayStationを作っていた時の体験が大きく影響しています。自分たちだけで作るより、アイデアを持ち寄って作る、オープンな世界の方がいいです。
そのためには、セキュリティも重要です。守るべき枠が決まっているから、その中で最大限に色々なことができる。これは今まで以上に気をつけなければいけない点です。 - 更に、Microsoft社と連携し、対話型パーソナルエージェントの開発にも取り組むという発表がありました。これにも、過去「AIロボティクス」の開発の経験が活かされているかもしれませんよね。どのような体験を目指していらっしゃるのですか?その狙いは何ですか?
車内空間というのは、家のリビングよりもパーソナルな空間だと考えています。クルマの中で独り言を言ったり、好きな歌を口ずさんだりする人もいるでしょう。そういった空間で、話し相手のように振舞ってくれる相棒がいたら、より人に寄り添えるのではないかと考えました。モビリティの枠を超えて、そういった相棒のような存在を作れるかというチャレンジです。 - そういえば、「グランツーリスモ」シリーズを開発している、ポリフォニー・デジタルとの提携も発表しました。一緒にどんなことをやるんでしょうか?
今まさに議論をしている最中です。
彼らとはPlayStation時代から一緒にやっていた仲間ですからね。当時は、コンピューティングのプラットフォームとしてのPlayStationと、その上のアプリとしてゲーム、という関係でした。
グランツーリスモは「ドライビングシミュレータ」として開発されましたが、それはコンピューティング能力が高いからできたことです。今度はそれを物理的なクルマに置き換えるとなにができるのか、一緒に考えていきたいです。
以上、今回のインタビューでは、川西泉のエンジニアとしての原点から振り返り、AFEELAのコンセプトを技術面から紐解き、未来のモビリティを考えるいくつものヒントが見えてくる取材となった。
CESにおいて、PlayStationのコントローラーを操ってAFEELAを登場させたことも、川西自身の思想を象徴しているものだとも言えるだろう。
今後も、このStoriesの記事ではCES 2024での発表の内容に基づき、その取り組みの背景や未来への構想を紐解いていく記事を掲載していく予定だ。
前編:『コンピュータとネットワークに生きてきたエンジニアが描く「モビリティ」の未来』はこちら。
Writer : Munechika Nishida